Green Dialogue vol.1

「Green Dialogue」は、環境保全や環境教育などに取り組む、さまざまなスペシャリストに三枝 亮(ギンザのサヱグサ代表)がお話を伺うという新企画です。その第1回は、緑豊かな飛騨高山(岐阜県)で、長年に渡って国産木材を活用した循環型の環境活動に取り組んでこられたオークヴィレッジ代表の稲本正さんに、「子どもと環境教育」についてお聞きしました。


オークヴィレッジ代表 稲本正さん
自然体験で子どもの健全な発育を

原子物理の研究から「植物には勝てない」と知る

― 稲本さんは約40年にも渡り家具や木工を中心に森林とかかわって来られ、その分野の著書もたくさんありますね。元々は全く違う畑のお仕事をされていたと伺いました。

29歳までは立教大学で原子物理の研究をしていました。アインシュタインを越えようと本気で思っていたのですよ(笑)。

―「物理」の世界から「自然」の世界に移るとは興味深いですね。どのようなきっかけがあったのでしょうか。

d1_2「エントロピー増大則」というものがあります。「世界は無秩序になっていく」、つまり、乱雑になる率が増えるという法則を指しています。

しかし、理論物理学者のエルビン・シュレーディンガーはこう言います。「唯一のネゲントロピーの島(乱雑にならない島)がある。それは植物である」と。

その言葉に非常に衝撃を受けたのです。環境の秩序を整えてくれる存在が植物だとしたら、植物の中で最も大きなものは木です。それならば、木の集合体である森を大切にしなくてはいけないという思いに至ったのです。

―なるほど、キャリアチェンジのきっかけもなかなか物理学的ですね。では、地球上で唯一、環境を綺麗にしてくれる植物とは、具体的にどのような存在でしょうか。

原子物理研究と並行して太陽光、太陽熱の研究も行なっていました。太陽光発電パネルは、太陽光からエネルギーを作る装置です。でも、考えてみれば、そのパネルを製造する段階でエネルギーを使っているのですから、エネルギー創出量を差し引きすると、マイナスからのスタートなのです。

しかし植物は水と二酸化炭素で葉をつくり、その葉で太陽エネルギーを吸収して幹をつくります。その幹を燃やせばエネルギーとなりますね。つまり、植物はエネルギー消費ゼロからエネルギーを生み出すことができるのです。それを知った時、「植物には勝てない」と思い知りました。

―物理研究者として科学を突き詰めた稲本さんだったからこそ、植物の素晴らしさを実感し、畏敬の念を持たれたのでしょうね。そこから、オークヴィレッジという会社はどのような経緯で始めたのですか。

d1_3始めは林業家を志したのですが、山の大地主でもない限り、成功しないことが分かりました。そこで、「森を循環型で使う」という着想から、オークヴィレッジの目指すべき方向性が固まっていったのです。

「100年かけて育った木を100年使う」、「材料をくまなく使う」、「木を使ったら、その分必ず植える」というコンセプトです。

―「木を使ったら、その分必ず植える」というコンセプトを「子ども1人、ドングリ1粒」と表していますね。

数学的に言うと、「1対1の対応をし続ければ『持続可能』になる」という法則に則ったコンセプトなのです。

オークヴィレッジを立ち上げる時に、ちょうど双子の子どもが生まれたので、子どもたちの未来の幸せを願ってそのようなキャッチコピーしました。


子どもたちの発育には自然体験が必要

― 子どもたちへの環境教育についてはどのように取り組んでいますか。

私たちの拠点がある岐阜県では、食育と木育に力を入れています。木育については、木で作った玩具を浸透させる、子どもたちを森に連れて行くという試みを行なっています。

岐阜県では、「恵みの森コンソーシアム」という、森を有効利用しようという活動があり、森林税を導入して、木育に活用することになりました。オークヴィレッジでも、国産の無垢の木を用いた玩具を作っています。

森の合唱団

オークヴィレッジが手がける、国産材を使用した木の玩具。
音盤は同じ長さだが、樹種の違いでドレミを奏でる。
グッド・トイ2009認定商品。

―子どもたちを森に連れて行くことは大事なことですね。カナダや英国では自然欠乏症候群(NDS=Nature Deficiency Syndrome)の研究が進んでいるそうです。

自然欠乏症候群とは、自然に触れないで育った子どもがキレやすくなったり、忍耐力がなくなったりするものです。

学校の教育では、合理的で分析的な思考や言語機能をつかさどる脳の「大脳皮質」の部分にしか働きかけていません。しかし人間には、自律神経や五感などをつかさどる「大脳辺縁系」への刺激が必要なのです。

―つまり、自然体験によって五感をフル活用する機会が足りずに育ってしまうと、大切な「大脳辺縁系」への刺激が欠け、心身のバランスを崩してしまうということですね。

その通りです。例えば、食べ物に賞味期限など付いていなくても、本来、自然と共に生活してきた人類は、食べられるかどうかは嗅覚、味覚で判断できるものなのです。

でも、現代人は、味覚、嗅覚、触覚が衰えてしまっている人が多い。そういった本来あるべき感覚が働いていないと、自律神経のバランス、内分泌、免疫力が弱ってしまうのです。

―では、自然体験は大脳辺縁系にどのような効果を与えるのでしょうか。

花や木の精油であるアロマで自然を疑似体験させ、被験者にどのような変化が起こるかを調査しました。すると、眠れなかった人が安眠できるようになったり、イライラを感じなくなったりする結果が出ました。実際に自然の中に身を置けば、そのような効果が期待できるのです。

また、交換神経が優位で元気がありすぎる人と、副交換神経が優位で元気がない人を森に連れて行くと、元気がありすぎる人は落ち着き、元気がない人は元気が出るということが分かっています。つまり、自律神経のバランスが整うのです。

d1_62

yuicaアロマオイルシリーズ

熟達した目利きにより採集され、オークヴィレッジの施設内で丁寧に蒸溜されている。

―私は幼い頃、春休みや夏休みには那須塩原の山小屋で過ごしていました。滝すべりなどをして自然の中で遊んだ原体験が、人間形成にプラスに働いたという実感があります。私たちは、子どもの自然体験について、どのように考えていったらよいでしょうか。

自然の中で移ろいゆくもの、変わらないものを体で覚えるので、山の中で育った人はバイタリティーが違います。歴代の米国大統領で優秀だった人は、みな幼い頃自然の中で育っているそうです。子どもたちが自然の中で過ごす機会を増やしてあげることは、健全で豊かな人間形成において、とても大事なことなのです。

対談御礼と後記

今年14才になる娘には、幼児期に積極的に自然体験をさせた記憶があります。
儚い親の夢ですが、突然変異で国を引っ張るほどの人物に育ってくれるかもしれませんね(笑)
稲本さん、「子どもと環境教育」についての貴重なお話ありがとうございました。

サヱグサでは売上の1%を環境保全に役立てる「1% for GREEN」という活動をスタートしました。今後、森林の保全や育成に力を注いでいくつもりですが、その森林が都心の子どもたちの自然体験や学びの場となれば、子どもたちの健全な成長の一助になれるかもしれません。一昔前には当たり前のように身近にあった自然がなくなり、「NDS(自然欠乏症候群)」のような症状が生まれる時代には、意識して子どもたちを自然のなかに連れて行くことが大人の責務なのかもしれません。

稲本 正

作家、工芸家。1945年富山県生まれ。立教大学に勤務後、1974年に「人と自然、道具、暮らしの調和」を求めて工芸村「オークヴィレッジ」(岐阜県高山市清見町)を設立、代表となる。お椀から建物まで幅広い工芸を展開する一方、植林活動を行い地球環境における森林生態系の重要性を発信し続ける。1999年、長年の環境保護運動の功績により「みどりの日」自然環境功労者表彰受賞。現在、 岐阜県教育委員会教育委員、東京農業大学客員教授、立教大学「立教セカンドステージ大学」教員、一般社団法人 国際個別化医療学会評議員などを務める。『日本の森から生まれたアロマ』(世界文化社)、『緑の国へ』(オルタナ)、『森の惑星』(世界文化社)、『森と生きる。』(角川書店)、『ロハス・シティの夜明け』(マガジンハウス)、『心に木を育てよう』(PHP研究所)、『木の工作の時間』(TAC出版)、など著書多数。

オークヴィレッジ
正プラス
オークヴィレッジ オンラインショップ
Yuica オンラインショップ

三枝 亮

株式会社 ギンザのサヱグサ 代表取締役
1967年東京生まれ

子どもたちの上質なライフスタイルを提案するスペシャリティストアをディレクションする傍ら、都会に住む子どもたちを取り巻く環境の改善に重要性を感じ、昨年「SAYEGUSA GREEN PROJECT」を立上げる。